(パターンから東方のリーン、そして西方の真のオブジェクトへ)
‥ アレグンザンダーのパターンプロセスは、コミュニティのチームワーク、即座のフィードバック、継続的な改善の素晴しさを基礎としています。ですが、このプロセスがほんとうに大事にしていることは「全体(Whole)」をつくりあげることなのです。その「全体」は心をうごかす、時を超えた「かたち」によって構成されています。ソフトウェアのパターンは、こうしたコミュニティの理念やパターンが更新されていくこと、小さな部分のあつまりが成果物の美を体現していくものだと固く信じられていました。この10年間で、コミュニティで共有されるパターンはマイクロアーキテクチャを生みだすものから、ほんとうの「全体」を生みだすものになるはずでした。パターンは次つぎと公開され、絶え間なく洗練されていくはずでした。パターンによって我われは機能における「かたち」の重要性に気づくはずでした。しかし、こうしたパターンの活動はアーキテクチャとシステム思考という永遠の課題にとらわれて停滞しました。パターンはソフトウェアの複雑さを解決するというアーキテクチャに求められる技芸のなかでも、とても限られたことしか達成できませんでした。
‥ とはいうものの、パターンの重要な原則は、人びとを新たなソフトウェアの実践へと導いてくれました。その成果として現在かがやいてみえるものの多くは「アジャイル」と呼ばれています。しかし、アジャイルと呼ばれているものの大半――とりわけスクラムは実のところリーンなのです。そしてリーンは1990年代の米国でのトヨタウェイの呼び名です。リーンが大事にしている規律は、コミュニティのチームワーク、即座のフィードバック、そしてカイゼンです。少しずつ成長してくこと、それから現場が適応していくことはアジャイルの強みでもあります。アジャイルはパターンのプロセスとしての側面です。
Trygve Reenskaug氏の新説であるDCIアーキテクチャが生みだすプロダクトは、ソフトウェアのすみずみにまで対称性が行き渡っています。この対称性は人の認知に深く根づいています。DCIの起源はオブジェクト指向の背後にあるものと同じ、西洋の考えかたですが、それだけではありません。DCIは、オブジェクト指向が過去40年間にわたって悩ましいものとされることになったいくつかの誤解を正し、障害を取り除いています。パターンがそうであるように、DCIが重点を置いているのは、絶えることなくかたちづくられるドメインオブジェクトの動的な組み合わせによるシステム設計の問題です。DCIはパターンのプロダクトとしての側面なのです。
‥ ソフトウェアパターンに当初あったビジョンは失われてしまいました。しかしパターンのプロセスとしての側面はスクラムのなかに息づいており、私たちはスクラムを通じてトヨタウェイに大きな借りがあります。これと同じように、私たちには『時を超えた建築の道』を通じて『道徳経』に大きな借りがあります。パターンのプロダクトとしての側面は、リーンとアジャイルのアーキテクチャのなかに生きています。リーン/アジャイルアーキテクチャは人の経験や心地よさ、システム思考にも力を入れています。これらの具体的で実践的なパターン原則の適用の事例は、聴衆の皆さんがパターンコミュニティの初心への道を再びたどるための気づきと手引きになると思います。